長男坊の夏休みもあっさり終わり(宿題も良いペースでコンプリート。しかし、読書感想文に選ぶ本は来年からもっと慎重になったほうが良い)、すでに25日から学校は始まっている。いまは毎日運動会の練習だ。1〜4時間目が体育で5時間目が美術とかムチャクチャな時間割が運動会が終わるまで続く。
僕も40代の扉を開けた。40代になってまだ数日だが、30代の自分がずいぶん幼稚に思える。30代真っ只中のとき、10代・20代よりはずっとぼんやり・いい加減な人間になったと思っていたが、今思うとまだまだずいぶん窮屈な人間だった。もっと雑な、考えすぎない40代を目指したい。
前期に担当した授業の採点。230人分の答案を採点。非現実的な数字で実感がわかなかったが、あきらめて地道にやっているうちに採点完了。
とはいえ、多教科で合計800人分採点なんて先生も普通にいるという話を聞くと自分なんかはそれでもまだ少ないほうだったのかも。珍答案もいくつかあったが、唸らされる答案もあり、良い経験だった。
意気込んで買ったプレステ・ヴィータ・・・。ここ何週間かぜんぜんやっていない・・・。それよりも論文読んだりプールで泳いだりするほうが今は楽しい。
先日ひさしぶりに一人きりでプールに行った。一人でプールに行くなんて小学校以来ではないだろうか。背泳ぎ・平泳ぎ・クロールの順番で約1時半泳ぐ。50mプール12往復なので1200m。普段から泳いでいる人から見れば大したことないのだろうが、家に帰って急激な眠気に襲われ、しばらく体が動かなくなった。確かに10往復目ぐらいから腕が上がらなくなっていたのだが、泳ぐってやっぱり体力使うのだな。
お盆をじいちゃんばあちゃんちで過ごした子どもたちを連れ帰って来た夜、家族ぐるみで付き合いのあった人の死を知る。ほんの数日前に会ったばっかりだったのに・・・。いまだに信じられない。「これは世界全体が仕掛けた壮大なドッキリなのではないか」としか思えなくて、町中で普通にその人に会うことあるんじゃないかと思う。もし町中でその人に会っても全然驚かないと思う。

鹿児島県霧島から先ほど帰宅。昨日、霧島で妻の両親、妻の姉家族と合流。子どもらの喧騒のなかで一泊旅行が終わり、仕事がある妻と、運転手である僕だけが帰ってきた。子どもらはそのまま従姉妹やじいちゃんばあちゃんたちと妻実家へ。明日、僕だけまた宮崎入りする予定。子どもらを迎えに行くのだ。

ホテルをチェック・アウト後、霧島のまほろばの里だか広場だかいうリゾート遊園地で過ごす。草スキーを楽しみにしていた子どもたちだったが、施設自体古くて、しかも草スキー場自体がちょっと荒れ果てていた。(人工芝もボロボロにはがれていて、やる気なさそう。)それでも子どもたちはがんばってすべったが、古くなりところどころ人工芝のはがれた草スキー場は転ぶとかなり痛い。痛いやら蒸し暑いやら施設のしょぼさにげんなりやらで、早々に草スキー終了。

その後は色々な変わり自転車にのれるコーナーに移動して、また汗をかく。長男坊は一つの種類の自転車にしぼって練習に打ち込んでいた。

陶芸体験コーナーで子どもたちが絵付け体験などしたあと、帰宅組みとじいちゃんばあちゃん組みに分かれてそれぞれ家路へ。妻の話によれば、うちの子供たちは別れ際ちょっと寂しそうだったらしい。(たぶんもう親がいないことも忘れていると思うけど)

数日前、長男坊は眼科で眼の調整力をゆるめる目薬を10分おきに3回。その後1時間あいだを置いて診察。眼の病気とかそういうことではなく、単純かつ明確に近視。
当日は瞳孔が開きっぱなしなのでそれ以上なにもできないので、数日あいだを置き、目薬の効果がなくなるのを待ってきのう再び眼科を訪れたのだった。ついに長男坊のメガネ・デビューが現実味を帯びてきた。といっても昨日は処方箋を書いてもらっただけなので、メガネ作りはまた後日。

そんな状態の長男坊に「妖怪ウォチ」のゲームソフトを買う許しを与えるのは、もしかしてダメ親か・・・。という考えがないといえば嘘になる。しかしこの時期のゲーム熱というのは抑えられない気がする。これ以上近視が進まないように眼を大事にすることを意識してもらうしかない。
長男坊は『妖怪ウォチ2 元祖』を手に入れた!

しかしこの「本家」と「元祖」の二種類同時発売という商売のやり方はほんとどうかしてほしい。少なくとも、妖怪メダルや妖怪ウォッチを欲しがるような年齢ではもうなかったことをせめてもの幸いとするべきか。

長男坊の夏休み宿題の進捗もいまのところ・・・まぁ、こんなところだろう。

当初、あまりに進んでいなかったので、エクセルで進捗表を作ってみた。左側に日付、上部に科目を作り、その日やったページ数と残りページ数を書くようにする。こんな感じでやることを視覚化してみたら、そこからは早かった。やることが複数あるときはこうやって視覚化する良いのかも。
とりあえず漢字書き取りや夏休みの友的なものは終わったようだ。自由研究や絵日記は後半に適当にやればいいだろう。
あんまり長男坊の調子が良かったので父も進捗一覧(テストの採点とか後期授業準備とかテスト作成とか、論文準備とか・・・)を作ってみた。しかし、どれもあまりに進んでなくてファイルを開くのが最近怖い。

そんなダメな父も前期は一応いろいろがんばったので、自身の誕生祝もかねてPS VITAを購入。どうしてもやりたいゲームがあったのだ。自分のゲーム機を買ったのは生まれて初めてではないだろうか。(実家にあった初代ファミコンは母知人宅からのお下がりだった。)

このゲームがやりたかったのだ!

ペルソナ4 ザ・ゴールデン - PSVita

ペルソナ4 ザ・ゴールデン - PSVita

現在、学会発表要旨を推敲したりしていて、まだ本体にソフトを入れてすらいない。っていうか箱から出してすらいない。やる暇あるだろうか・・・。

そういえば最近ブログを更新していないなと思って前回の記事を見たら4月!いつのまにか小学校は夏休み!こんなに長い間、いったい何があったんだ・・・。ちょっと可能なかぎり思い出してみよう。

長男坊が生まれて初めて歯医者で抜歯したり、ウニャ子が転んだ拍子に既にグラグラしていた歯が抜けたり、妹夫婦のところに子どもができたり(9月下旬が予定日。それにしても自分の妹が親になるというのも不思議な感覚だ。)、子どもの頃ファミコンソフトを買って以来、約27年ぶりぐらいに「自分が欲しくて」ゲームソフトを買った。(ブックオフで)

ペルソナQ シャドウ オブ ザ ラビリンス - 3DS

ペルソナQ シャドウ オブ ザ ラビリンス - 3DS

そして子どもたちはアニメ『ジョジョの奇妙な冒険 スターダスト・クルセイダーズ』そして『ペルソナ4 ザ・ゴールデン』にはまっている。
前年度に続いて看護学校で論理学、そして今年度から新たな非常勤先(やはり医療系)で芸術論と、なんだか両極端な授業を文字通り自転車操業的に授業準備も含めて徹夜することも多かった。
徹夜が悪いとは言わないが、自分の要領の悪さにもうんざりだったし、仕事先までの車での移動も考えるとかなり身体に負担だった模様。6月頃は明らかに6月病というか、鬱っぽい感じだった。
特に2年目の論理学は、何をするにしても2年目というのはいろいろ難しいものがあるのだが、学生たちの雰囲気が昨年とあまりにも違っていて生まれて初めて心労というものを感じた。これまでの人生では考えられないことが多すぎて・・・。小中高の学校の先生はいつもこんな感じなのだろうかと思うと、ほんとうに大変な仕事だと思った。
しかし、彼らはこれまでそういう風に育ってきたし、そういうことが常識的におかしいということもよくわかってないのだろう。といっても所詮は学外の非常勤講師。そこまで踏み込んで説教じみたことを言うのも無責任というか、無意味だろう。

芸術論の授業は、本気出せば400人以上入る大講堂でやるので、黒板やホワイトボードは不可能(一番後ろの席からは見えない)。毎回30〜40枚スライドを作ってひたすら喋り続けた。ちょっと頭おかしくなってたかもしれない。医療系の大学で芸術の授業ということに一抹の不安がなかったといえば嘘になる。しかし、毎回書かせるアンケートにはみんなびっしり感想や意見を書いてくる。どれもなかなか深く考えている。そうした意見を拾って次の授業で(名前は伏せて)紹介する。授業でとりあげる作品や理論によってはかなり意見が割れたが、それもまた良し。不安だらけで臨んだ授業だったが、自分にとっても大きな収穫となった。(すごいありきたりな表現だが)

そして、ついに実家家屋の解体と土地の売買が成立。3年越しの案件も解決だ。
家の解体からは早かった。あっというまに買い手がついてあれよあれよと売買契約。流れに乗るとはこういうか。
それにしても、親が建てた家を自分が解体するなんて、不思議だ。笑ってしまう。売買の手続きも、妊娠中で欠席した妹の委任状を作ったり、土地の権利書その他諸々書類をそろえたり、確かにマンガ読んだりするのに比べれば神経使うが、手順さえ踏めばどうということはない。「こういう書類が必要です」「ここの割印を押して下さい」等々・・・そんな一連の流れをシステマティックに踏むだけの話だ。
最後は銀行の応接室…のようなちゃんとした部屋に通され、司法書士の先生同席で契約書や領収書にサイン。
しかしこのときばかりはさすがに緊張していたのか、ひたすら振られた世間話を膨らませたり自分の経験談を交えて面白おかしく誇張したり、とにかく場が和むように、みんなが笑い続けるように喋り続けた。特に買い手の人たちは小さい子どもがいる若い夫婦だったので、怖い人・ヤバイ人と思われないように気を使った。
今思うと、もう会うこともないだろうし、そんな気を使う必要はなかったと思われるが・・・。
昔は「気を使って自分から話す」なんて性格的にも無理だし、そんなことに意味を見出すこともできなかったが、、今のような仕事のせいか(週一回200人以上の前で90分話し続ける)、その気になればそんなこともできなくはない体質になっていた。もしかしたら逆に、もともとそういう気質のようなものは自分のなかに潜在的にあって、今はそれが出やすくなっているのかも知れない。
それはともかく、和やかな雰囲気で契約も終了。銀行の出て、不動産屋の事務所に戻りお茶のみながら何気なく張り出された売物件を眺めているとその中の一つに「おや」と思うものが。地図からするに、ちょうど小学3年生ぐらいまで住んでいた地域。記憶の地図と目の前の地図を重ねてみると、その売り物件はやっぱりよく遊びに行っていた友人の家だ。
まぁ、そういうこともあるだろう。

不動産屋と別れて、解体後の「実家」をはじめて訪れる。ずいぶんとあっさり更地になってくれたものだ。

とにかく息苦しくて窮屈に感じたこともある実家だったが、更地になると以外に広い。ちょうどとなりに住んでいた人が通りかかる。挨拶を交わし、すこし立ち話をする。このあたりも古い家が取り壊され、新しい住宅が増えているとのこと。別の隣家から、偶然、同級生が出てきた。会うのも話すのも20年以上ぶりだ。最近離婚して、いま新しい職を探しているらしい・・・。人生いろいろだ。

実家のある町にはほかに親戚もいないし、出身地…というのだろうか、そういうものとはこれで実質的に縁が切れることになった。物心つくまえから住み、そして育った土地と縁が切れるというのは不思議な気がする。入れ替わるように大学の同級生がこの町の近辺に住み、しかもその職場が実家のあった土地から歩いて10分ほどのところだというのは不思議な気がするが、もうこの町に自分が帰る場所はないのだと思った。

長男坊の小学校は入学式。保育園の後輩たちが入学してくる。保育園で知っている子というのは、ほんとうに小さい頃から知っている子達なので、そういう子たちが小学生になるというのは不思議な感覚だ。
小学生になってはじめてのクラス替えと新しい担任。一番仲の良い友達ともまた同じクラスになれた。担任が誰になるかというのはけっこう大きな問題で、妻によるとスーパーでどこかのお母さん達が誰が何年の何組の担任になったというような会話を真剣にしていたらしい。
確かに、担任とその子の相性とか担任の教師としての力量というのは、子どもの学校生活の根幹に関わるから、僕らも不安がなかったといば嘘になる。(悪い意味でちょっと気になる先生がいるのだ・・・)しかし今回の担任の先生も良い先生のようなので、長男君にもぜひがんばって欲しい。
授業がはじまる。昨年に引き続き看護学校で論理学。そして今年度から新たに、こちらも看護・医療系の大学だけれども芸術論の授業。2日続けて授業をするというのも始めての体験である。
論理学の授業をする看護学校はほんとうに久しぶり。去年教えた学生たちはみんな三年生になっていて、現在は看護実習の真っ最中。なので知った顔に会うことはなかった。
同じ学校でもその年によって学生の雰囲気や性質はずいぶん違う。去年の子達よりもちょっと反応が無く、おとなしいと言えばおとなしいが、いまのところお互いに様子見といった感じ。
新しく芸術論の授業を受け持った大学では、授業初日ということもあって今日はガイダンス。先日買ったiPadで作ったスライドを使いながら話す・・・つもりだったがプロジェクタが反応していない等の機材ハプニングで時間をとってしまう。
しかし幸いなことに、結局プロジェクタも使えたし、DVDも見せることができたので「終わり良ければすべて良し」なのだが、肝が冷えた。それにしても大学生になったばかりの若い人たち300人を前に話すなんてことが自分の人生に起こるなんてこっちのほうがハプニングだ。
前日の論理学の授業よりはうまく話せたと思う。別に論理学が悪いわけではなにのだが、まぁ、これまでの研究の傾向性としてはそういうこともあるのだろう。しかし、300人という人数になると、あとは500人も1000人も同じというかもう数字はあまり意味がなくなる気がする。「なんだかよくわからないけどすごい人の数」としてしか把握できない。来週からの本格的な授業にそなえて準備が忙しくなりそうだ。
帰りにオートバックスで車のエンジン・オイル交換とオートマミッションのオイル交換。

年度末怒涛の忙しさだった妻の慰労もかねて、金曜日の保育園進級式が終わったその足で宮崎へ。途中、ジョイフルで昼食。歯ごたえのあるサイコロステーキなどを食べる。のんびり走って6時ごろ宮崎着。夜中移動するのと明るい内に移動するのとでは疲労もずいぶん違う。妻の実家で寿司をご馳走になる。
次の日、ミヤチクという宮崎では大変有名なステーキのお店に連れていいってもらう。目の前でスタッフが高級牛肉を焼いてくれる。前日食べたジョイフルの肉とは大違いだった。ふだん彦しゃん以外ではあまり肉を食べながらない子どもらもモリモリ肉を食べていた。こういう普段食べられないものを食べるという経験も必要だ。夕方からブックオフへ。京極夏彦の『陰摩羅鬼の瑕(おんもらきのきず)」を108円コーナーでゲット。今回はハイデガー現象学が話の種らしい。木田元が解説を書いている。ところで108円って、どんなに慎ましい買い物をしても煩悩に満ちた響きを感じてしまう。
6日(日)はのんびり過ごす。夕方から少しイオンへ行き、長男坊はカードゲーム。ウニャ子はばあちゃんと家で折り紙を使った「人形ごっこ遊び」に夢中。夕方、すこし咳が出るが特に問題は無い様である。

7日(月)、朝から義父に来客有りとのことで、妻実家の駐車スペースを確保するために4人で公園へ。しばらくバトミントンや散歩などして過ごす。しかし、なんと来客は来週の話だったらしい。

軽めの昼食後、宮崎を発つ。途中運転を交代してもらいながら、6時ぐらいに帰宅。子どもたちの大好きな店に行って焼きそばやお好み焼きで夕食。

明日から子どもたちはそれぞれ小学校、保育園。そして妻も仕事。さらに僕は昨年と同じ看護学校で論理学の授業がスタート。日常がはじまる。

※今日はエイプリルフールですが以下は実話です。
ウニャ子がペットボトルのサイダーを飲んでいた。ちょうど僕も喉がいていたので少し飲んだ。それを見咎めてウニャ子は「おい!ペットボトルにお父さんの匂いが付くだろうが!」と父を一喝。

テレビで流れていた別府の巨大ホテルのCM。内容は高速バスの運賃込みの格安プランしかもカニ食べ放題。それを見たウニャ子はお母さんに向かって「お母さん、いまのところ行きたいと思ったでしょう?でも、カニならメロディ・マーチ*1がときどきくれるからいいんじゃない?」ウニャ子の設定では、メロディ・マーチたちは家の近くを流れる川でカニのレストランを営んでいるのだった。(しかもとなりはカニのラーメン屋。カニでダシをとるのだろうか。)

昨日はウニャ子の保育園も年度末ということで昼まで。そういえば今年はうちが保育園の保護者会長だったのだ。妻はウニャ子を保育園に連れて行き、その場で前任者から仕事の引継ぎ。数年前からの歴代ノートを渡されたが、見てみるとけっこうみんな日記かと思うぐらい細かに行事や出来事を書いている。かなり重厚。マジか?妻は家に帰ると家の片付けにとりかかりたまった書類を整理。おかげですっきりした。ウニャ子帰宅。ウニャ子以外は昼食をとっていなかったので食べに行く。いつもどおり焼きうどんを頼もうかと思ったが、その日は夕方から歯医者だったので、匂いの強いものは自粛。長男坊もラーメンをあきらめちゃんぽんにした。

歯医者。長男坊は奥歯の虫歯が原因で歯茎が腫れているということで神経を抜くことになった。問題の歯は乳歯なのでいずれ抜けるのだが、次に生えてくる永久歯のことを考えるとこういう処置が最善とのこと。麻酔の注射にもよく耐えた。
僕はと言えば、奥歯の中が慢性的に膿んでいる状態だと前回言われて、いまは特に痛みも何も無いのだがだからこそ痛みも何もないときに診てもらうことにした。一度かぶせてある銀歯みたいなのをはずして処置。次回へ続く。

長男坊、人生初のマークシート記入。進研ゼミの学年末実力テストか何か。