引き続き丹生谷貴志の『ドゥルーズ・映画・フーコー』を読む。ほんとに久しぶりに読んだが、やっぱり今でもこの本の影響圏に今もいるのだなと思わされる。進歩がないというか、なんと言うか・・・。あちこちに書き込みや、線が引いてある。全然覚えて無いけど。それにしても、線を引いた箇所は、「いまならこんなところには線を引かないな」あるいは「なんでこんなところに線をひいてんだろ?」と今になっては思ってしまうが、当時は当時で、いろいろと考えていたんだろう。

・・・だからフーコーの陥った危機を単にあの退屈な悪循環、〈形而上学〉を内部から批判する者は結局のところ〈形而上学〉の中にとどまるという悪循環の螺旋に入り込んでしまった故のものであるということはできないだろう。危機は本源的であり、それは〈形而上学〉の解体がもう一つのニヒリスムであるユダヤ的ニヒリスムを必然化してしまう恐れがあるという事態なのである。(p.158)

最終目的=神という〈外部〉のうちに地上的なものをすべて収斂させようとする形而上学的ニヒリスムと、形而上学的ニヒリスムの解体(「神は死んだ!」)の後に現われる「あらゆる最高価値の喪失としてのニヒリスム」(ニーチェ)としての「ユダヤ的ニヒリスム」、すなわち純粋状態のニヒリスム。フーコーの試みはこのどちらのニヒリスムにも陥ることのない、この二つのニヒリスムの裂け目に位置する非ニヒリスム的次元、「新たな実在の次元」(p.156)を開示しようとする試みである。


明日はぼっちゃんの七五三で大宰府天満宮に行く予定。ほんとうはじいちゃんの入院している病院の近くにある、やはり有名な大きい神社でやろうと思っていたのだが、どうせ車で移動するのだし・・・ということで、大宰府天満宮に行くことにした。
うちの実家では、僕や妹の七五三もやはり大宰府天満宮だったし、最近はあまり行ってないが、初詣もやはり大宰府天満宮だ。たぶんあの地域に住んでいる人達は大きいイベントのときはみんな行くのではにだろうか。
ただ、天気が心配だ。かなり確実に雨らしいけど。

注文したぼっちゃんの七五三スーツ、間に合わなかった・・・。

明日は午後からゆっくり動いて、早めの夕飯をみんなで食べる予定。