「なんか朝のファミレスで生ビールなんて、大学生みたいじゃないか?実際、大学行ってないからわかんないど、たぶん、どっちかというと文系。いまだにドゥルーズとか強度とか脱構築とか言ってる感じ?」
「さぁ・・・、ポスト構造主義のことは僕にはよくわからないけど、確かに理系はわざわざファミレスで朝を迎える必要はないかもね。だって実験室で朝を迎えたら、そこらへんに転がっている実験用のビーカーでビール飲めばいい。」
「それって、超・超古典的な理系に対するイメージじゃね?」
結婚式の7次会ともなると、そもそも何の理由で集まったのかさえわからなくなる。たしか、二次会は新郎新婦の行きつけの洒落たイタリアレストラン。三次会はカラオケ。四次会はぐっと女子率が下がって養老の滝。五次会は白木屋。六次会は・・・どこだったかな。まぁ、たぶん記憶にも残らない店だ。ビールの飲みすぎでだいぶ顔がふやけてきたが、まぁ、なんとかなるだろう。


カレーパンマンはもともとが黄色い顔なので顔色が変わったんだかどうだかわからない。しょくばんまんのほうは、あいかわらずどれだけ飲んでも顔色一つかわらない。ソフトだがタフな奴だ。

こむすびまんとウメ子ちゃんの結婚式のあと、ひさしぶりに再会した僕らはこうしてずっと飲み続けている。久しぶりに再会といっても、会議ではしょっちゅう顔を―もちろんヴァーチャル・リアリティのシステムを使った会議だけれども―合わせている。だが、実際に会うのは久しぶりだ。

そういえば式場にはロールパンナも来ていたな。隅のほうに座っていて目立たなかったけれど、そこが彼女らしいといえば彼女らしいかもしれない。そういえば昔、ブラック・ロールパンナになった彼女のリボンでムチャクチャ打たれたことがあったが、あれは痛かったな・・・でも、ちょっと気持ちよかったかな?

「おい、何ニヤニヤしてるんだよ?あんぱんまん?」カレーパンマンは空のジョッキを振り回しながら言った。
「え、あ、いや、別に」
「どうせ、次の餡子はこし餡かつぶ餡か、そんなこと考えていたんでしょ?」あいかわらずしょくぱんまんは発想もスマートだ。
「まってくれよ。僕だってたまには餡子のこと以外にも考え事だってするさ」

そういえば、おむすびまんとバタ子さんはこれからどうするんだろう?いや、僕らがどうこう言ったり考えたりすることではない。彼らのことは彼らがいちばん良くわかっているはずだ。お互いに理解し、思いあう相手がいる。他に何が必要だ?

式場にはばいきんまんも来ていた。あいかわらずあの妙なダサい眼鏡に、うさん臭いズラかぶって。あれで変装しているつもりなのだろうか。別に今日に限ったことではない。いつもバレバレだっつーの。

僕はビールをもう一杯おかわりする。店の外の空はもう白みはじめている。
「朝のファミレスでビールをおかわり・・・なんか俺たち廃人っぽくね?」カレーパンがふざけて言う。
「廃人ならまだましさ。僕らの場合は廃棄だからね。でも、バイトの若者がきっと持って帰ってくれるよ」しょくぱんまんはいつも本気だかふざけているのだかわからない。
朝の光がテーブルの上に射した。時間とともにテーブルの上で夜と朝の割合が逆転していく。僕らの座ったテーブルはもろに朝陽があたる場所にあった。

僕ら3人は押し黙った。

きっと同じことを考えている。

「なぁ・・・、いまある姿は、果たしてほんとうの姿なのかな?」カレーパンマンがめずらしく真面目なことを言った。悪い徴候だ。
「どういう意味だい?」しょくぱんまんは視線を動かすことなく聞き返した。
「つまりこういうことさ。たしかにこの地球の平和を守るために俺たちは頑張ってきた。そして、ここにはいないけれど、みんなも強力してくれた。そしていつのまにか組織も大きくなった。でも、こんな大きな組織をいったい誰が求めていたというんだ?オレ達が何を言っても、答えはいつも決まっている。『システム上、そういうことになっています』ってね」

僕もしょくぱんまんもずっと黙ってジョッキの底から上がっていく泡を見つめていた。

ウェイトレスがカーテンを下ろしましょうか、と僕達に聞いてきた。いや、結構。ありがとう。僕は答えた。朝の光を見つめていたい気分だった。たとえそれが目もあけられないほどにまぶしくても、その眩しい光に身も心もゆだねたい気持ちだった。この光が僕らから何もかも洗い流してくれる・・・そう信じたかった。

「そろそろいかなくちゃ」しょくぱんまんが伝票をすばやく取って立ち上がった。
「おいおい、ワリカンだろ?」カレーパンマンも立ち上がる。
「いいえ、たまには僕にも仲間らしいことをさせてください。ここは僕のおごりです。」
カレーパンマン、言っても無駄だよ。彼の耳は人の話をきくための耳ではないのだからね。」
「そう。こんがり焼き色さ。」

店を出たところで僕は2人と別れた。二人は駅まで歩く気らしい。駅まではずいぶん距離があるが、アルコールは現代物理学の力を借りることなく時間も空間も自分たちの都合の良いように捻じ曲げてくれる。


しょくぱんまんと歩きながらカレーパンマンはずっと気になっていたことを口に出すことにした。
「なぁ、しょくぱんまん・・・」
「何だい?カレーパンマン?もう一軒行きたいのか?」
「そうじゃなくてさ。えっと・・・これは大きなお世話だとは思うけど、どきんちゃんとのこと、どうするつもりだい?」
「・・・・」
「いや、もちろん君たちの問題だからね。僕がどうこういうことではないんだろうけど」
「僕は正義の味方さ。世界中の誰であろうと、困っている人がいれば・・・」
「それはわかっている。でもさ、誰にでも優しいってことは、もしかしたら誰にも優しくないってことじゃないかな?ふと、そんな気がしたんだ。ああ、悪い・・・また余計なこと言っちまったなぁ、オレ・・・」
「ありがとう・・・。」
「礼なんて・・・ああ、そこのスタバでコーヒーでも飲んでいこうか?まだ始発まではしばらくありそうだ。」
「いいね。でも、野郎同士でモーニング・コーヒーなんて色気もクソもないね」
カレーパンマンしょくぱんまんの口から「クソ」という言葉が出るのをはじめて聞いた。もちろんそのことには触れなかったが少し嬉しかった。
「よし。決まりだ。そこのスタバのバイトの女の子さ、けっこう可愛いんだぜ」


あんぱんまんは迎えに来たベンツのシートに深く身を埋めていた。
やれやれ、高性能セキュリティシステムを備えたベンツに乗ったス−パーヒーローなんて、悪い冗談だ。自分で飛ばなくなってもうどれくらいになるだろう?ジャムおじさんは「みんなにとって大切な存在だから」と言う。だから安全なベンツに乗っていろと?大切な存在?でも考えても見ろ。焼けば僕の代わりなんていくらでもいる。
あんぱんまんはMacbookを起動させ、メールをチェックした。半分以上は急を容しない、ゴミ箱直行のものだ。やれやれ、これから先どれだけの量のメールをゴミ箱にぶち込むんだ?


そのとき携帯電話のメールの着信音が鳴った。プライヴェート用の携帯電話にメールを送ってくるパンは限られている。
メールには満面の笑みを浮かべたカレーパンマンしょくぱんまん、そして誰かは知らないがスタバの制服を着たショートカットの可愛い女の子がで写った写真が添付されていた。女の子は少し困ったような笑みを浮かべていたが、可愛い女の子は2180通りの笑顔を持っているのだ。それにしてもこの2人。これじゃ完全に酔っ払いだ。
メールの件名はこう書いてあった。



 おれたちは まだ 終わっていない



「すみません。車をとめてください」
あんぱんまんはドアを開けて外へ出た。朝陽の織物のような海を見つめながらしばらく立ちすくんだ。自分が笑っていることに気づくのにしばらく時間がかかった。
そうだ。飛ぶことも、飛ばないことも、決めるのは自分だ。他の誰でもない。飛ぶのは他でもないこの僕なのだから。

あんぱんまんは吐いた白い息が流れていくのを眺めながら返信した。


「この写真、どきんちゃんにも転送するYO!」



 おわり