幸福論 ―精神科医の見た心のバランス (講談社現代新書)

幸福論 ―精神科医の見た心のバランス (講談社現代新書)

精神科医である著者によるこの本の中身のほとんどは、子どもの頃の思い出、散歩の途中で見つけたもの、読んだ本のことなどで、一見すると周辺雑記の集まりのようにも見えるが、とにかくもいわゆる幸福のためのマニュアル、処方箋というものではない。
むしろそうしたありがちなマニュアル本が目指すところの「究極の幸福」への上昇運動を拡散させる。かといって、「ふん、幸福なんてないんだよ・・・」と斜にかまえているわけでもない。大事なのは「世界の構造を垣間見た実感」であると著者は言う。

世界の構造、そしてそれを垣間見た実感とはどのようなことか。街へ通うバスの停留所がその道にあったとか、そんなプラグマティックな話ではない。日常の事物にはすべて意味があるという感情を抱いたときに、取るに足らない日々の光景であろうとそれらのディテールは深いところで互いにつながっていて、たとえ秘められた関係性とか相関性を理解することはできないにせよ、すべてが尊重され大切にされるべきであると感じられる―そんな精神状態の別称である。

ただし、こうした多幸感は狂気と紙一重であり、その意味では幸福感と狂気はかなり近い関係にあるとも言えるかもしれない。