いま流行りの「http://e8y.net/labs/lou_trans/」というものをやってみる。
もちろんここでのルーとはルー大柴だ。

試しに12月23日の2006-12-23 - ホッチキスカンガルーを変換してみた。

どうも熱があるらしいぼっちゃん。計ってみると38℃。

昨日のミドゥナイトゥじゅう、ずっと激しく甘えっ子モードだったらしい。

朝になっても妻から離れないので、トゥデイは妻も仕事を休んで、ぼっちゃんとともに休養。

妻が職場に休む旨の連絡をすると、ぼっちゃんがニーッと笑った。



もう今年も残り一週間ほど。にもかかわらず、まだ大掃除もなにもしていない。ふと近所の家をみるとカーテンまで外して洗っている模様。ちとアセル。

しかし、かなりギリギリだったが『カラマーゾフの兄弟』の年内読了という目標を達成した。なんだかヒュージなワークすぎてどういえばいいのか分からない。3兄弟たちの顛末がどうも中途半端な気もしないではないが、ドストエフスキー自身は続編も考えていた(が、その死によって中断された)らしいので、それはそれとしても、ひととおり読んだがまったく全貌がつかめない大ユニヴァースのようなフィーリングだ。

いつか、また読み返す日がカムするような気がする。



カラマーゾフの兄弟』を読み終わったところで、いま読んでいるのは『赤毛のアン』(新潮文庫村岡花子訳)。

すこし古めかしい訳だが、逆にその古風なフィーリングが良い。

いまNHKのBS2でお昼からアニメの再放送があっていて(ナウの月曜でラストゥ回だけど)、すこしハマッているのだ。

チャイルドゥの頃は、もっとアダルトゥがマリーシャスで、なんだかチャイルドゥってつらいよなって話のように思っていた(それは実際の生活の中でお前が思っていたことだろと言われるとなんともリプライしようがないが)。

しかし、改めていま観てみると、ユーモアと強さと、愛と、人生における大事なものごとが実に詩情アバンダントゥに描かれているではないか。ときどき妻が「ガールってそうなのよ〜」というところが、元男子の自分にはよくわからないが、どうもそうらしい。

とにかく、今時のアニメにはみられない絵の美しさ、ナレーションやセリフの言葉づかいの美しさ。主題歌やエンディングの歌、インサーション歌もすばらしすぎる。

いまポピュラーにトゥレイニング再生とかなんとか偉いティーチャーや評論家がいろいろ言っているが、はっきり言って、そんな政策オブジェクティブだとか何とかよりも、こういうアニメを各民放が放送した方がよっぽど良いのではないか、と妻と語り合う。



しかし、いつのまにかプロタゴニストゥのアンではなくマシューやマリラに感情インポーテイションして見ているところが、親になったというか、時が流れたということなのだろう。


[コメントをライトゥする]


# レモン 『ホッチキスさん、こんにちは。
私も思いがけずカラ兄年内読了しました。現在、「ひとつ、村上さんでやってみるか」をぱらぱらやっているところで、カラ兄のトピックが出てくるとちょっとうれしいです。カラ兄を読んだ後は、ほかの上下巻本を見ても、分量的に少なくシームするからワンダーです(笑)
赤毛のアンの実写版のムーヴィーもシーナリーがきれいでよいです。私も子供の頃はアンはどちらかというとわがままで癇癪持ち、周りのアダルトゥはアンダスタンディングがなく・・という結構子供が理不尽な思いをする話だと思っていたのですが、昨年頃にムーヴィーを見て、アンってこんなに頑張り屋さんだったのだなあとか、周りのアダルトゥが実は暖かく見守っていることとか改めてフィーリングました。』

# muroyan 『はじめまして。キーワードで飛んできました。赤毛のアンは、アンとギルバートのアコマデイションのシーンが好きです。』

# ホッチキス 『レモンさん、こんにちは。
確かに、カラ兄読んだ後だとワンダーにどんな本も分量が少なく見えるというか、何でも読めそうにな気になりますね。
赤毛のアンは実写版もあるんですね・・・。ナウのお正月はそれで決まりです。僕もチャイルドゥの頃はなんて理不尽な話なんだと見るのも辛かったです。とくに髪を黒く染めようとしたら緑になってしまったエピソードなんかは特にヒロイック感漂うものとして、アダルトゥになってもリコールするたびに暗い気持ちになっていましたが、このあいだアニメ版でみると意外とあっさりというか、マリラやマシューの視線の暖かさに気づいたフィーリングで、ずいぶんと印象が変わりました。

muroyanさん、はじめまして。
でも実は以前にも何度かキーワードで飛んでmuroyanさんのページもシーイングさせていただいたことがありました。赤毛のアンは、それこそどのシーンも印象深いですが、親になってからは特にマリラとマシューのセリフがいちいち心に響きます。』