ブルーベリーがJA朝どれ市に並ぶ季節になったのをきっかけに、もう一度酵母菌くん達を育ててパンを焼いてみた。

おお、久しぶりに生地が膨らんだのを見た。

季節も移り変わって、室内でも十分に発酵する温度が保てるようになったのが良かったのかもしれないが、何はともあれブルーベリーの発酵の泡がすごい。きっと酵母菌自体の生きが良いのだろう。

焼きあがりもなかなか美味。しかし、酵母菌とはいえ相手は生き物。同じ手順、同じ材料と分量でやってもうまくいかないときはうまくいかない。

ぼっちゃんはブルーベリーを気に入ったらしく、とめどなく食べ続ける。
おかげではウンコは紫色。いや、黒に近い。ブルーベリーの皮がそのまんま出てきている。

日曜日は、ETV特集で動く吉田秀和を拝む。
いろいろと驚くべき内容の番組だった。あのFMラジオの番組も本人がスタジオに行って録音し、しかも原稿がちゃんとあるということも始めて知った。宅録で、自分のイスにでも座りながらその場の流れで適当にしゃべっていると思っていたが、甘かった。

途中、再現映像とともに著書の一節が朗読される場面がいくつかあったが、そのときもできれば本人の声だったらもっとよかったのに、と思いながら見ていた。別に古谷一行でも悪くはないのだが。

原稿はもちろん手書き、しかも原稿に楽譜を載せる場合は楽譜も自身の手で五線譜に書き写し、のりで原稿用紙に貼るという「手仕事」ぶりに感銘を受けた。あと、文章を一から作り上げていくよりも推敲しているときのほうが楽しいとか、これをカタカナにするか、漢字にするか、そういうことを考えながら文章を直していくことが好きだとか、そういうことを本人が語るのを聞くと、ああ、なるほどそうなのかと思った。

いろいろと見ながら考えること(批評家と創作者、聴衆〔観客〕の関係、聴衆を育てるということetc.)もあったが、鎌倉の自宅というのがこれまた素晴らしくて、ヴァーチャル吉田邸訪問を満喫。
あと、メーカーや種類は映像ではわからなかったが、本人が言うには、オーディオ装置も特別高価なものではない(核シェルターのような視聴室などなく、畳の部屋にふつうにセッティングされていて、その前にイスを置いて聴いていた)。しかし、むしろ大事なものはそういった再生装置の良し悪しを越えたところにあって、聞こえてくるべきものは聞こえてくるのだといったことを言っていた。

しかし、妻も言っていたが、とにかくヨシヒデはオシャレだ。別に流行りの服を着ているとかすいことじゃなくて、鎌倉の家も、ライフスタイルも、着ているものも端正できちんとしている。とにかく服をきちんと着ているところに我が身を反省させられた。もちろん高いものやブランド品を着ているということではなく、「きちんとした格好」をするというところに精神の張りのようなものを感じた。たぶん、撮影用にきちんとした服をその時だけ着たというわけではないと思う。そのようなことは一朝一夕でできるものではないと思う。

その他にも一回見ただけでは上手く咀嚼できないほど内容のある番組だったが、それについては思い出したときにおいおいメモしていこう。

きちんとしているヨシヒデの姿に我が身を反省した・・・と書いたが、今日も結局は七分丈短パンにTシャツを着ていたりするホッチキスカンガルーなのであった。