もういいかげんipodのことで気を病むのはやめよう。でも、何かの懸賞で当たるとすごく嬉しいです。
実際の話、外に出掛けていって外で音楽を聴くということは、今の生活ではほとんどないので、じゃぁipodいらないんじゃ?ということになるのだが、ぼっちゃんが生まれる少し前から、生まれて、その後のホッチキス保育園を経て、このあいだまで、ずっと何かしらいつも身近においていたので、そういうものがそういうふうに突然動かなくなってしまったということのほうがすこしショックではあるのだ。

ショックといえば、先日、ぼっちゃんを保育園に預けて妻と遠出をした際、前々から気になっていた焼肉食べ放題の店に入ったときのことだ。

営業が始まったばかりでまだ客は僕らだけ。まだ肉や食材も並び終えていない気配だったが、まぁ、ボチボチ食っていくかと思いつつ、まずは全体をチェック。

そうしているうちにもう一人の客が。確かに背も高くがっちりした感じだが、太っているわけでもなく、まぁ、普通のサラリーマンが営業の途中で昼食に寄った、という風情だ。

しかし、何やら勝手知ったるといった様子で、皿をとり、肉を物色。「おい、牛肉は?」と店員に話しかけると店員は「はい、すぐに持ってきます」と答える。別に問題は無い。食べ放題にはよくある客と店員の会話だ。

しかし、すれちがいざま、何やら皿にこんもりと持っているのがチラリと見えた。食べ放題の場ではなぜか他人の皿の中をみるのははばかられるが、とにかく、視界の端に「こんもり」としたものが見えた。そしてその男は敷居を挟んで僕らの隣の席に座った。

でも次の瞬間にはもうそのことは忘れて、牛肉はまだなかったけど、焼肉は鶏や豚だけでもぜんぜんOKな質なので、取ってきた肉をオン・ザ・ファイアー。

その男がまた何かを取りに席を立ったとき、自分も何気なく水を汲みに立ち上がったがのだがそのときに僕の視界に入ってきたのはこういう風景だ。
ら、ライチ・・・・。しかも大量のライチ・・・。
妻もライチを取りにいったらぜんぜん無くておかしいと思ってたら・・・と思い当たるふしがあるらしい。それにしても、食前に、とりあえず大量のライチで腹を落ち着かせるとは・・・。もちろん、それが悪いとは言わないが、そんな発想があるとは思いもしなかった。

何か、見てはいけないものを見てしまった気がしたが、気を取り直して肉を焼き続ける。そうすると、店の人が赤っぽい肉の入ったトレイを持って肉コーナーへ行くのが見えた。たぶんあれが牛肉だろうなと思いつつも、あとで取りに行けばいいやとやっぱり肉を焼き続ける。
すると例の男が立ち上がり、すぐにまた戻ってきた。

やっぱり男の手に、何か「こんもり」が見えたような気がした。

でもまたそんなことはすぐに忘れて、しばらくして肉を補充しに行くと、明らかにトレイが増えているのだが、そのトレイは明らかに空っぽだ。
そうだ、あの「こんもり」は牛肉だったのだ。絶対間違いない。そして、あの男はその牛肉をすべて持っていってしまった。

そうこうしているうちに、店員がその男に「そろそろ時間です」と言いに来た。この店は1時間コースと1時間半コースがあるのだが、たぶんその男も1時間コースだったのだろう。しかし、明らかに僕たちよりも後に入ってきたから、僕たちよりも先にタイム・オーバーになるはずがないのだ。ぜったい店にとってもヤバイ客だったんだと思う。

僕らはその後、ゆっくりデザートのアイスとシャーベットを食べて店を出た。出る頃に団体客が入ってきた。

店を出て、車を走らせながらも、さっきの出来事が頭から離れなかった。
一つは、あの男の食べっぷりの前に自分の小ささを見せつけられた気がして、そのことがショックだったということ。
あと一つは、すこし言葉にするのが難しいのだが、「食べる」という、人間の根源的で本能的な場面において、それが見ず知らずの他人であれ、人間の核心に近いところを見てしまったのではないかということのショックだ。
もちろん、知人友人にもたくさん食べる人はいるけれども、その人たちを見てこんな気持ちにはならない。
この気持ち・・・いったい何だろう・・・寂しさか?

もちろん、食べ放題の店なので無くなれば店の人が補充する。きっとあの男もそう考えていただろう。そして、それは正しい。
実際は、店の人の手際が悪くて結局牛肉は補充されず、焼肉食べ放題で牛肉を一切れも食べないという、これはまさに人生初の出来事でははないかというような出来事に遭遇したものの、さっきも書いたとおり、鶏や豚肉でもぜんぜんOKなので、その点は特にここでは重大な問題ではない。

それよりも、何か、こう、あの男に自分たちは人間扱いされなかったんじゃないかと思うと、侘しいような、寂しい思いになる。

もちろん食べ放題だから肉は補充される。オーケー。間違いない。それはまったく正しい。
でも、あるものをぜんぶ自分ひとりでさらってしまって、全部食べるという男の行動が、それは正しいとか、正しくないとかの問題ではなく、何か見てはいけないものを見てしまったような、侘しいような、寂しい気持ちに僕たちをさせた。


最初に大量のライチのカラを見たとき、テーブルの下にライチが一個落ちていた。
そしてその一個のライチは、手をつけられることもなく、男が店を出た後もそこに転がったままだった。