夜中に2回ほど、カレーを食べ過ぎたぼっちゃんがカレーを吐く。去年の今ごろ、ぼっちゃんは嘔吐下痢だったのだ、「再来か!?」と思ったが、吐くとスッキリした様子で「エホン、エホン(絵本、絵本)」と言いだす(夜の3時)し、ウンコも立派な様子だったし、単なる食べ過ぎのようだった。


昼は昨日の残りのカレーを使ったカレー・チャーハンと、生協のインスタント・ラーメン。


今日は保育園のお神輿行列と、祭りで踊り披露があるので、1時半ごろに保育園へ向かう。

着いた頃にはみんなハッピを着て、雰囲気が出てる。うちのぼっちゃんも準備完了だったが、顔に何か付いている。と思ったらひっかき傷。あれ?また転んだのかなと思っていたら、絵本の取り合いで他のこに引っかかれたとのこと。

まぁ、相手はたぶんいつも一緒にいる同い年の女の子らしいのだが、その子はお姉ちゃんがいるから家での取り合いなんてしょっちゅうなので、そのあたりは逞しい。
戦歴からいっても、うちのぼっちゃんが勝てる相手ではなかったのである。

それにしても、ふだんは昼寝している時間帯、なおかつ一応は少しだけ昼寝したせいで、見るからに頭がボーッとしているチビッコたち。大丈夫なのだろうか?

案の定、舞台の上でもボーッとしているぼっちゃんとその同じ年たち。でも、最後の決めポーズだけはちゃんと決めていた。


最近購入した本メモ。すべてブクオフの100円コーナーから。

庄野潤三遠藤周作集』(現代日本文学32 筑摩書房

巻末の安岡章太郎による「『ウソ』の殉教者 遠藤周作」が不思議な印象を残した。
安岡は終戦直後の三田の仏文に遠藤周作という若手の秀才が現われたという噂を耳にする。

そういえば一人、私も遠藤という男を知っているが、その男はいつも背中にバンドのついた時代遅れのモダン・ボーイを想わせるケバケバしい柄の外套を着て、近眼鏡のおかげでいよいよ動物的にみえる真っ黒な顔に、馬のような大きな前歯をむき出しながら、
「オレなぁ、自分のスケにパンパンやらしとるんやが、この頃はアメ公も景気悪うて、ちよつとも商売にならへんのや。誰かオレのスケ買うて、抱く奴おらんかいな。君らやったら学割で安うしとくでえ」
と教室にひびきわたるガラガラ声でどなったりばかりしており、これがジードや堀辰雄の文学を論じて嘱目されているという遠藤周作とは全然別個の人物であることはあきらかであった。(p.398)

安岡の中では、遠藤周作は外出もせず薄暗い書斎で辞書に顔を埋めている青白い顔をした王子様だったのだ。

しかし数年後、知り合いに誘われて遠藤周作の出版記念パーティーに出席することになった安岡は、かつて三田でポン引きしていたあの「遠藤」に再会する。なんでこんな奴がここにいるんだろうと思っていると、

驚いたことに、その男は傍のテーブルに積み上げられた本を取ると、いきなり白い表紙のページをあけて、そこにそそくさと万年筆を走らせた。

   謹呈、安岡章太郎兄、遠藤周作

なんだか楽屋ネタっぽい話かなと思いながら読んだが、最後のほうまで読むと、なんだかしんみりとしてしまった。



秘密の花園 松本隆詩集」(新潮文庫
松田聖子のために書いた詞約80篇と、ショートストーリーと、オシャレな写真。「こんなに素敵な詞が八十篇も・・・。ありがとうございました」ではじまる松田聖子のあとがきまで収められている。

忌野清志郎『忌野旅日記』(新潮文庫


明後日は学会。今回は発表なしのギャラリー参加だが、知っている人が何人か発表する。そのうち一人は先日の大阪の学会でも会って話した人だ。今回は実家からふつうに電車とバスで行けるところであるので、前の日から実家に行く予定。