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こだわっているわけではないが、情操教育のための「電子音禁止」のことを考えると頭の中がグルグルしてくる。
たしかに、携帯電話のオモチャや音が出る絵本のピーピー音はうるさいし、耳障りだ。それは認める。
しかし、「電子音」という括りで「CDも駄目」というあたりから、もうダメだ。運動会の音楽もCDを使わず生演奏でというあたりになると、もう狂っているとしか思えない。
情操教育のための「電子音禁止」というものに対して、どうしてここまでイライラするのだろうか。
うまく言えないが、強いて言えばこうだ。
数年前に流行った「『ありがとう』と声をかけると水がきれいになる(きれいな結晶になる?)」というのと同じレベルの似非科学によって、自分がこれまで愛してきた音楽がみんな「電子音」という悪者にされて貶められたことに対する苛立ち。
別にテクノにこだわらない。彼らの図式によると、カザルスやカラヤン、グールドらの音楽ですらCD=電子音ということで否定されてしまうことへの怒りと悲しみ。
「生演奏だけど下手クソでくだらない音楽」を聴くのと「CDだけど優れた演奏・音楽」を聴くのとでは、どっちが情操教育の為になるのだろうか。テクノロジーを、ただそれが「テクノロジーである」という理由だけで排除することが健全だとは思えない。
・・・いや、別に、とはいえ、どういう考え方で子どもを育てるかは各人の自由だから、それがいいという人はそれでいいのだろう。
はいはい。どーぞどーぞ。よかったですね。自己満足できて。