きのう妻から伝え聞いた、車内でのウニャ子と妻との会話。

ウ「帰ったらアンパンマンのパン食べていい?」
つ「帰って、お帳面だして、おしぼりを洗濯機に入れて、手洗いうがいしてからね」
ウ「エーーッ!じゃぁ、(手洗いのときの)お水、あったかいの出してよねーーッ(怒)!!」

なぜそこでキレるのかまったく意味がわからないよ。

博士論文執筆中にはげましてもらったものシリーズ。

ドリフターズ 1 (ヤングキングコミックス)

ドリフターズ 1 (ヤングキングコミックス)

ドリフターズ 2 (ヤングキングコミックス)

ドリフターズ 2 (ヤングキングコミックス)

俺がここでどうこう言うよりも、 たまごまごごはんさんの記事を読んだほうがこの作品の魅力はずっと伝わると思うが、織田信長島津豊久那須野与一、土方歳三ラスプーチンジャンヌダルクなど、歴史上の偉人たちがタイムスリップだか魔界転生だかで大合戦という、妙にハイテンションでカッコいいマンガ。弱気になるとこれ読んでもちこたえた。

確かに「片目のカッコよさ」というものはこの世界に存在する。これは通じる人(中学生の頃、妄想暗黒面に落ちそうになった俺とか)と通じない人かなり分かれるかもしれないが、例えば『ブラック・ジャック』も(もちろん実際に両目見えているし、両目が描かれる場面はたくさんあるが)シリアスな決めのシーンでは片目でギラッとにらみつけている印象が強い。「片目」という表現には、なにかしらそのキャラクターが背負ってきた厳しい過去や運命を感じさせると共に、「もう片方の眼は(読者からは)見えない=彼ら(キャラクタ)たちが作中で言っていること、行っていることの半分ぐらい(もしくはほとんど)を読者は読み取ることができない」みたいな、キャラクタの人格の深層化というか構造化が伴っているのかもしれない。(同じ平野作品だと「ヘルシング」の執事ウォルターのモノクル(片眼鏡)とか・・・)
ともあれ、作者独特の思わずワクワクするセルフ回しや大胆な構図は中毒性がある。もし中学生の頃このマンガに出合っていたらと思うと、正直、怖い。